会社や個人事業主で職員を雇っている場合は、労働安全衛生法という法律で、新入職員の入職時と在職者の毎年1回の健康診断が義務とされています。
また、この法律では、ストレスチェックも「心理的な負担の程度を把握するための検査等」として義務とされています。
今回は、健康診断の経費について書いています。
法人の場合
健康診断の実施は、国のルールでは事業者の義務としています。
そのため、その費用の負担は、事業者が負担すべきとされています。
厚生労働省:健康診断の費用は労働者と使用者のどちらが負担するものなのでしょうか?
国のルールとされている費用負担のため、会社の経費(福利厚生費)になります。
すべての職員に対して健康診断の受診機会があることが、経費にできる条件とされています。
「35歳以上の希望者全員に実施」という年齢での区分は、経費にできます。
しかし、「役員だけ実施」だと経費にできず、役員給与とされます。
健康診断の費用は、受けていない人がいても、受けた人の分は経費にはできます。
たとえば、産休や育休で休んでいる職員は健診を受けられないでしょう。
受けたくないと拒否する人・受診を忘れていた人がいるかもしれません。
経費にできるかどうかの条件としては、結果として受診しなかった人がいたかどうかまでは問題としていません。
ポイントは、会社の役職を問わず全ての職員を対象としていることです。
就業規則で健診の実施について決めておく、など全員を対象としていることを明示すると良いでしょう。
(未実施は労働の法律では問題かと思いますが、税法の問題ではありません)
下記のリンク先の質疑応答と通達では、「一般的に実施されている2日間の人間ドック程度の健診」「著しく多額であると認められる場合を除き、給与課税しない」旨の記載があります。
経費にできる具体的な金額は明記されていませんが、一般的なものより高額なもの(高級会員制人間ドックなど)を経費にすることは難しいと思われます。
また、役職を問わずすべての職員を対象とした健康診断の中に、役員が含まれている分は問題ありません。
しかし、1人社長や少人数役員だけの会社だと、労働者である一般職員がいないため、就業規則などで全員に健診の機会があると書いていても経費にすることは難しいと思われます。
会社が役員や職員の健康を守るという労働安全衛生法の趣旨に合った運用であることが大切ではないでしょうか。
国税庁:質疑応答事例「人間ドックの費用負担」
国税庁:所得税法基本通達36-29(課税しない経済的利益……用役の提供等)
個人事業主の場合
冒頭で書いた労働安全衛生法では、66条1項に次のようにあります。
事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による健康診断(第六十六条の十第一項に規定する検査を除く。以下この条及び次条において同じ。)を行わなければならない。
「事業者は、労働者に対し」とあるため、事業主自身の健康診断は義務としていません。
そのため、個人事業主については、義務ではないプライベートの健康診断という位置づけになり、経費(福利厚生費)として処理することができません。
この点、事業主の家族である青色事業専従者についても、事業主と同じ考え方で、経費にすることができません。
事業の経費で落とせなくても、健康診断だから医療費控除になるのでは…と思うかもしれません。
残念ながら、健康診断の費用は医療費控除の対象から外されています。
(健診の結果、がん等が発覚して治療を受けた場合は、特例として健診費用も医療費控除できます)
なお、個人事業主であっても、ほかの職員に対する健康診断の費用は、法人の場合と同じく福利厚生費として処理できます。
立替払いの場合
会社や個人事業で職員が多数の場合、1日で健康診断を行うことが難しい場合があります。
また、客先常駐型のシステムエンジニアが多い、リモートワーク職員が多い、など1か所で健診を行うことが難しい場合もあります。
さらに、内定者に入職前に健康診断結果の提出をルールとしている会社もあります。
こういった場合に、健康診断を職員各自で行って、会社に健診結果と領収証を提出して経費精算を職員が受けるケースがあるかと思います。
ここで問題になるのは、「職員が立て替えた健康診断の費用は会社の経費にできるか(職員のプライベート費用として給与にされないか)」ということです。
「職員個人が立て替えた健康診断の費用を経費にできない」という国のルール(法律や通達)はありません。
そのため、職員個人が立て替えた健康診断の費用を会社の経費にすることは問題ないと思われます。
わたしの過去の職場では、入職時の健康診断は各自受診し、入職後に経費精算(給与とは別で、支店の小口現金で直接精算)で運用されていましたが、特に問題とされませんでした。
領収書のあて名が会社名や屋号であることが理想ですが、特に入職前の新卒の人に領収証を会社名や屋号でもらうことは難しいかもしれません。
領収書を発行する病院としても、明らかに法人からの依頼かわからないものに法人宛ての領収証を出すことはないでしょう。
入職時健診であることやその職場の従業員であることは他の資料からわかります。
単にあて名が個人だから経費にならない、ということはないかと思います。
事業者が労働者の健康を守るという、労働安全衛生法の義務を果たすための健康診断費用という趣旨です。
厚生労働省が「事業者が負担すべき」としているため、職員の立替払いでもこの趣旨に従った経費であることには変わりありません。
また、国の税金に関するトラブルは「国税不服審判所」という裁判のようなものがあります。
令和2年1月20日の裁決で、「カフェテリアプラン制度というポイント制の福利厚生で人間ドックの費用を後日立て替え精算した場合は給与としない(経費と認める)」としています。
裁決を読むと、人間ドックに関する流れは次のようになります。
- 全員に毎年一律ポイントを付与する
- ポイントは翌年繰り越しできず、換金もできない
- 人間ドックの代金を受けた職員がいったん支払う
- 職員は、職員宛ての領収書を会社指定の申請書に添付し、使用ポイント数を申請する
- 後日、会社は給料の額にその使用ポイント数に相当する金額を加算して支給する
換金性のないカフェテリアプランという特殊性、その他の条件が絡むかもしれません。
ただ、「通常の人間ドック費用を職員名の領収書で立て替え払いし、後日現金で精算をした、キャッシュバックの方法で福利厚生費として認められた」点は、参考になるかと思います。
国税不服審判所:令和2年1月20日裁決
国税不服審判所:令和2年1月20日裁決(別表1 本件各メニューの内容等)
いまはインボイスも問題になる
健康診断費用の問題は、これまでは経費にできるか(できなければ給与扱いか)、といった話だけでした。
しかし、インボイス制度が始まってからは、健康診断費用のインボイスも問題になります。
なぜなら、健康診断は保険診療ではないため、消費税が課税されるためです。
大きな病院や健康診断を多く実施している病院であれば、おそらくインボイス制度に登録をしていると思われます。
しかし、院長先生1人の内科クリニックで健診も受け入れ可能、といったところだと、インボイス登録をしていない、という可能性もあります。
そのため、健康診断については、あらかじめ健診を受ける病院を指定する、医師にお願いして会社に健診に来てもらう、など、会社で対応のしやすい体制を整えることが大切です。
入職予定の内定者に、入職時健診を各自で行ってもらい、入職後に経費精算を行う場合があります。
その場合は、どこの病院で健診を受けたか・その病院のインボイス登録状況は精算時までわかりません。
簡易課税や2割課税のように、消費税の計算に経費が関連しない場合は問題ありません。
しかし、原則課税の場合は、支払った消費税額やインボイスを消費税の計算で使用するため、特に注意が必要です。
まとめ
- 労働安全衛生法の義務を果たすための健康診断は、福利厚生費になる
- 福利厚生費となる健康診断は、すべての職員に対して受診機会があることが必要
- 役員のみ・高額な人間ドックは、給与扱いされる可能性がある
- 個人事業主や青色事業専従者は、福利厚生費にも医療費控除にもできない
- 職員立て替え払いの健康診断費用も、福利厚生費になる
- 健康診断は消費税が課税されるため、原則課税で計算する場合はインボイスも考慮する